2023-03-07 今井むつみの『ことばと思考』を読みおわった _LBL(imai-kanso) ---わくわくドキドキ;めっちゃ面白い

食事、コンピューター、インドネシアについてのひとり言。 ときどき人類学なども。

[2023-03-07] 今井むつみの『ことばと思考』を読みおわった _LBL(imai-kanso) —わくわくドキドキ;めっちゃ面白い

言語が違うと世界の認識の仕方が違うという、 とても魅力的なウォーフの仮説を、 観察と実験から判断しようという、 これもまた魅力的な目的をもった研究だ。 結論からいうと、 ウォーフの仮説は、それなりに正しい。 ただし、それほど華々しい話ではないよ、ということ。

ウォーフの仮説をビジュアルに再現すると、こんな感じになるだろう — 言語以前の世界は、 混沌とした万華鏡のようなイメージとしてわたしたちの前に広がる; 言語がそれを整理して意味あるものとするのだ、と。 だから言語が違う人は、違う世界に住んでいるということになる。 これがウォーフの仮説だ。 あるいはクーンのことばをつかえば、 二つの言語が作る世界の間には(おどろおどろしい) 「共約不可能性」の壁がそそりたっているのである。

さて、今井氏の本の内容にはいっていこう。

さまざまな世界の認識の仕方の例(および実験)があがっていたが、 いちばん鮮明に記憶に残っているのが空間認識の話だ。

空間を絶対枠組で区分する言語と、 相対枠組で区分する言語とがある。 日本語や英語は後者であり、 空間(とりわけ話者の身近な空間)は 話者との相対的な枠組(右や左など)をつかって把握される。 たとえば、ポスターを壁にはっている人に指示するのに、 わたしたちは「もっと右」とか「もっと左」とかいうのだ。 対照的に絶対的な枠組(話者相対ではない枠組)、 たとえば東や西、をつかう言語がある。 わたしの調査地のフローレス島のエンデ語話者がそうである。 かれらは家の中でも「もっと北」「もっと西」といった 指示をするのだ。

つぎにデッドレコニングという能力が紹介される — 自分のいる場所を絶対座標で記憶する能力だ。 たいていの動物はこの能力をもっているのだが、 人間にはないという。 ぼくらは車などにのって、遠いところに来た場合、 出発点がどちらの方角あるのか示すことができない。 ただし例外があって、 空間を絶対枠組で区分する言語をしゃべる話者には デッドレコニングがあるのだ、という。 [–もっとも出発点となる違いは語用論レベルでの違いだが–] たしかに、エンデの人の空間把握能力はすばらしいものがある。

「なーる」と思わせる実験エピソードにこんなんがある。 (細部は創作) 左から右へ、「1」「2」「3」と書いた3枚の板を被験者の前に並べる。 その3枚の板をもって、被験者に後をむいて(180度まわって)もらう。 そこにある机の上に「板をさきほどと同じ順で並べて」と依頼する。 相対枠組の言語話者は左から右に「1」、「2」、「3」と並べる。 ところが絶対枠組の言語話者は東西南北の軸で「同じ順」になるように ならべるので、相対枠組の言語話者とは逆に並べる、というのだ。

「そーか」・・・これは納得してしまった。

おもしろいのは 赤ちゃんや幼児をつかった実験だ。 相対枠組の言語話者の七歳以上の子供は、 大人と同じようにデッドレコニングの能力はない。 しかし、四歳の子供達は(どちらの言語話者も) デッドレコニングの能力を示したというのだ。 要するに、 どの言語の共同体であっても、 四歳までの幼児にはこの能力が備わっている、ということである。 しかし、自分の言語がその能力を必要としないとなると、 その能力は消えてしまうのだ。

「ふーん」

まとめると、(1) どのタイプの言語を喋るにも必要な能力を、 赤ちゃんはあらかじめ持っている、 しかし、じっさいに言語を学習していく中で、 (2) その言語に必要な能力をのこして、 不必要な能力はなくなっていく、ということだ。

利根川進 (2001) が 『私の脳科学講義』の中で(p. 59)、 世界には120の言語があり、 のべで70から80の母音が区別されており、 赤ちゃんは、じつは、 生まれたときにはそれをすべて区別する能力を持っているというのだ。 母語を学んでいく中で、不必要な能力は消えていくという。 [–もの言わない赤ちゃんが「〜に気付く」のをどうすれば分かるのかは、今井の本を読んでください–]

というわけで、 言語以前の世界は「混沌」などではなく、 緻密に分類された世界などだ。 言語以後の世界も、それぞれ 「共約不可能」なのではなく、 十分に共約可能なのだ。 (共通の単位がある、という意味で)

まだまだいろいろ紹介したい実験・観察・議論があるのだが、 きょうはこれだけにしておこう。

(後日の2023-03-16の議論も参照せよ。)