2025-12-18 来年の日本文化人類学会での発表をかんがえる ---心問題はどうだろう?

食事、コンピューター、インドネシアについてのひとり言。 ときどき人類学なども。

[2025-12-18] 来年の日本文化人類学会での発表をかんがえる —心問題はどうだろう?

[16:17:32] 退職 (2019-03) 以降、 毎年3つの学会で発表している。 KAPAL(インドネシア研究懇話会)(7月)、日本文化人類学会(6月)、東南アジア学会、である。 [–今年は KAPAL がなかったので2回だったが–] 日本文化人類学会(九州)の発表の申し込み〆切りが1月である。 簡単なものでいいのだが、 そろそろ内容を考えておかなければいけない。

タイトルは予定どおり「よろめきの美学」で発表する。 ただし、内容がまだ決まっていない。 なにをすべきか考えている。 「よろめき」(二つの複相の話)に何を絡めるか、だ。

心の議論をもってくるか? すでに何度もやっている、次のような話だ。 システムが単純なインプット・アウトプット (刺激と反応、原因と結果)をもっているならば、 それは観察者に物理姿勢を呼び起こさせる、 原因・結果でわりきれない時に (説明不能の時に)、 観察者はシステムの影の部分を (なにか複雑な処理をしている)「心」と呼ぶのである。

新鮮さがない。 いままで「ダンゴムシ」 (『ダンゴムシに心はあるのか(PHPサイエンス・ワールド新書)』 (森山 2011) )を例にだしていたが、 あらたにミミズ (『ミミズによる腐植土の形成』 (ダーウィン 2020))と 粘菌 (『粘菌 その驚くべき知性 (PHPサイエンス・ワールド新書)』 (中垣俊之 2010))を出す・・・くらいが新鮮味だ。