2023-03-29 きょうの In Our Time は『アステカ』 (The Aztecs) だった _LBL(AZTC) ---人身供犠、儀礼みたいな戦争、マヤと違って現在に影響がほとんどないこと・・・どれも目から鱗でした

食事、コンピューター、インドネシアについてのひとり言。 ときどき人類学なども。

[2023-03-29] きょうの In Our Time は『アステカ』 (The Aztecs) だった _LBL(AZTC) —人身供犠、儀礼みたいな戦争、マヤと違って現在に影響がほとんどないこと・・・どれも目から鱗でした

きょうの散歩のお伴の In Our Time は、 The Aztecs (2003-02-27) だ。 悪名高い人身供犠の件だが、 研究者たちが言うには、 その数には大きな誇張があるということだ(2桁くらい)。 ただし、人身供犠があったことは疑いない。 ある一人のゲスト(女性)が言うには、 この脈絡で注目すべきなのは彼らの戦争のやり方だという。 アステカは戦闘の際に敵を殺さないというのだ。 その代わりに敵を捕虜として連れ帰ったうえで人身御供とするのだという。 われわれは戦争のその場で敵を殺す — われわれもまた「人身供犠」を(ある意味で) 行なっていると言うことができる、と彼女は主張する。 アステカがとりわけ残虐ではないのだ・・・ といった議論を展開した。 他の二人のゲストはその見方には賛成ではなかったようだ。 彼らは、 アステカの人身供犠は戦争捕虜だけに限らないことを述べて、 暗に彼女のアステカ擁護を非難していた(飽くまで「暗に」である)。 彼らは、例えば、つぎのような事実を指摘した — 金持ちが、市場で奴隷を買って、 その奴隷を、自分の威信を示すために、犠牲として捧げるのだ、という。 「ほら、やっぱりアステカって残虐だろう」と言っているように聞こえる。

人身供犠に関する議論はともかく、 中央アメリカにおける戦争は、 ある意味で、とても儀礼に近かったと言えるようだ。 さきほどの敵を殺さずに、捕虜として連れ帰るといった慣習の他にも、 アステカは収穫の時には戦争をしないといった 儀礼的なルールがあるという。 そういう意味で、アステカおよび周辺の部族は 同じ規則でゲームをしていたらしい。 そして、それこそがアステカがスペインのコンキスタドールに 簡単に負けた大きな原因の一つであるようだ。 コルテスたちは、中央アメリカでの戦争の規則など知らなかったし、 知ろうともしなかっただろう。 彼らにとって戦争は人を殺し、勝つためにのみ行なうものなのである。

番組の最後に、メルヴィン(司会)が、 現在まで続く現地でのアステカの影響について質問した。 一人は現在まで喋られているナワトル語(アステカのことば)、 現在も見ることのできる慣習など、 ある程度常識的な答を返していた。 ところが二番目の回答者は「まったく無し」 (“none whatsoever”) と答えていた。 マヤの後裔たちが(そしてある程度はインカの後裔たちも)、 文化運動あるいは政治運動として「マヤ」を大きく 打ち出す。 しかし、いまだかつて誰も「アステカ」の名のもとに (政治的にせよ、文化的にせよ)「運動」が行なわれたことはない、 という。 たしかに、その通りだ。 こう語った彼は「何故か」については 一言も触れなかった。

なぜなんだろう・・・… やはり「人身供犠」が悪名たかすぎたのかしらん。 人類学の論文にありそうなテーマだが、 いままで、このテーマで書かれた論文があるのだろうか?