Development Alternative in Timor-Lest
- by Sam Carroll-Bell
- 2015
- Bijdragen Tot De Taal- Land- En Volkenkunde Van Nederlandisch-Indi\"E
概観
二つの疑問に答えたい
- なぜ独立語10年もたっているのに開発がうまく いっていないか?
- どうやったらもっとうまくいくか?
問題は開発の orthodoxy が うまいこと現地で通用している伝統を とりいれることができないということだ。
文化的障害という考え方を 避ければ、もっとうまくいくはずだ。
【SN】なんか、 理論としては「よくある」議論だが、 ポイントはデータだ。
Keywords
Timor-Leste – development practice – sustainability – social logics – ontologies
Introduction
まずは 開発の人類学の説明がだらだらと。
ポスト構造主義がどうしたこうしたという 御託がいっぱん。
Overview of Development in TL
(p. 316)
オリジナルの節のタイトルは:
Looking Beyond the Headlines: Development Outcomes in Post-Independent Timor-Leste
- 独立時、問題は山積みだった
数百年のポルトガル統治がなにも 残していないのが問題だったのだ 1
ちとめずらしい。
1999-10 からの UNTAET の貢献は重要だっ た
- それから14年たち、さまざまな international organization がティモール・レステにはいって きた。
いいニュース
いいことはある
- 2012年の選挙があるていど平穏だった
- per capita が上がっている(現在 US$ 9680 だ)
- 平均寿命もまぁまぁのびている
これら表向きの数字 ("Headline") にもかかわらず、 The reality is that ‘Timor-Leste has some of the worst poverty and development indicators in the world’ (DFAT 2014:1). --- ということだ。
わるいニュース
(p. 317)
以下はほとんどが DFAT 2014 からの数字である
- 人口の41% が 絶対的貧困状況
- 73% が 一日2$以下という貧困状況
- 雇用機会がほとんどない
- ほとんどが自給に重点を置く農業→収入に問題 がある
- 社会サービスは弱い
- きわだつのが:都市と田舎の対立 (urban vs rural) --- 田舎においては上記の諸点がもっと ひどいことになる
医療も問題をかかえている。
【SN】貧困指数は信用しないが、医療に関しては 信用している--- 医療援助があればいいことがあると。 それを示す具体的な数字はあるのかなぁ。 乳幼児死亡率が西洋医療導入以前と以後で 劇的に変わったとかの数字が。
Establishing 'Ways of Being' and 'Meaning'
(p. 319)
つまらん話がつづく。
Development’s Limited Impact
Explaining Development’s Limited Impact through an Expanded Social Analysis
(p. 324)
つまらんのでとばす。 はやくデータが見たい。
以下、 オーストラリアのカトリック (Catholic) のエージェンシー、 Caritas_Australia について書く。
Clean Drinking Water in Ainaro
(p. 328)
Ainaro の Manutaci (Manutassi) 町のすぐ外側に ある村での プロジェクトだ。
- 100世帯、約700名の村である
- 水は数キロ離れた水源でとっていた
伝統との関連:
- 水は年長者と水の精霊、「水の持ち主」 bee na'ian 2 によってコントロールされている
バウカウ (Baucau city) での水の精霊 been na'in について 書いている。 (see [@palmer-water_relations-summary]) バウカウはMakasai語で、 ここは Mambai語なのに、 ずいぶんと似ているな。
水はフィルターしないと飲むに適さない。
三つのプロジェクト(ナショナルなもの、国際的 なもの)があった。 すべて失敗した。 それは村人の明白な 拒否 によるものだった。 パイプが壊されたり、 パイプがどこかに隠されたりしたのだ。
前の失敗したプロジェクトが村人との 話し合いに短い時間しかかけていなかったことに 鑑みて、 Caritas は村人との話しあいに12ヶ月を 費した。 (2011年初頭)
lia na'in 4 や水の精霊 bee na'in を代表する 人たち、 教会関係者、行政の役職者などと話あいをした。
水の精霊、祖先をまつる儀礼も行われている。
プロジェクトが終了した時点でも、 儀礼をしてリーダーたちを招待した。
共同体のメンバーの何人かがメンテナンスのため の訓練を受けた。
Peace-Building and Prisoner Reintegration in Becora and Ermera
(p. 331)
Becora と Ermera の刑務所から釈放された もと囚人の、出身の村での社会復帰のプロジェク トである。
Reinado が拘留され、逃げたところでもある。 Dili city のすぐ東に位置する。
水のプロジェクトのように、 lia na'in (spritual leader)や liurai (political leader) などの 伝統的リーダー、 行政関係者などが参加した。
nahe biti が使われた。 ナヘ・ベティは、 茣蓙のうえに座り、 権利を害されたと考える当事者があつまって、 かたりあい、 齟齬をほぐし、 関係を復旧する、というやり方である。
[p. 332/3] いったん茣蓙が広げられたら、 なんらかの解決が得られるまで もう一度巻かれることはない。 (Lambourne 2010)
ナヘ・ベティは、 もともとは家族内・間の対立、 社会的なものに限定されていたのだが、 1974年の内戦以来、 政治的なものにまで適用されるようになった [@soares-nahe_biti]。
監獄の役人も出席し、 すでにどのような懲罰がその人間にたいして 与えられたかについても述べられる。
最終的に lia na'in (lian nain) が、 他の長老たちとともに (さらに祖先とも)協議して、 どのような方法をとるべきかを決定する。
Caritas によれば、 100人ほどのもと囚人がこの方法で 社会に復帰できたという。
これもまた 社会・共同体にもともとあった やり方をうまく使ったからだ、と 自画自賛する。
【SN】ほんとかなぁ・・・。
Gender Programming in Lautem and Oecussi
[p. 334]
Lautem と Oecusse における 女性のエンパワーメントのプロジェクトである。 インタビューした、 力を握る男性の長老たちは、 「わたしたちは今変わらなくてはいけないことは 分かっている。 その変化は文化を変えるようなものではいかん」 と答えた。
中心となるプログラムは、 女性をディリへのスタディーツアーに 連れていくことだ。
Caritas は7年間、6回の「tour」をしているが、 その効果が出始めているという。 女性への空間がひろがりはじめているのだ。
【SN】むむむ。 どれもこれも、 話ができすぎているな。
こっからさきは、 茫漠とした話なので省略。
Areas of Tension
[p. 337]
これ以降データがないようなので、 読むのを止めた。
<2015-07-18>