2006年危機のあとの和解の試み
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和解への試み
Crisis-2006の状況については 2014-ueda-crisis を見よ。 以下は、危機が終わったあとの状況の (シスター中村)による描写である。
「コンフリクトが沈静化した後、和解のための試み として、キリスト像を Bebonuk 内に作った。2007 年のことだ。それまでいがみ合った人々が、一緒に お祈りできたらという狙いだった。しかし、見事に 失敗した。人が集まると、石を投げるのに都合が良 かった。」
「和解については、東ティモール大学のピースセン ターを運営している教員、アンテロ・ダ・シルバさ んに会うといい。活動家でもあった人で、カイコリ にあるオフィスに勤めている。種々の和解プログラ ムを作っている人だ。そういう活動は人々のために なる。時が経てば対立は消えていくだろう。ただ、 キリスト像の計画はうまくいかなかった。」
Bebonuk だけでなく、Beto の人たちとも投石 をすることがある。 やっぱり東西の対立 (East-West opposition) なのかもし れないけど、詳細は分からない、と。
その他
「最近、TL ではさまざまな宗教「セクト」の活動 が活発化している。ペンテコスタ (Pentecostal)、 「シャローム」、 エホバの証人 (Jehovahs Witnesses) などだ。これ以外にコモロ通りにも別 団体が大きな看板を出している。これらへの改宗者 が多い。セクトは金で改宗者を買っているようだ。」